ドクター・フーの誕生物語 “An Adventure in Space and Time”(テスト投稿)

ドラマ「シャーロック」の製作者、スティーブン・モファットとマーク・ゲイティスが、共にイギリスが誇るSFドラマ「ドクター・フー」の脚本家であり、撮影現場であるカーディフに行く列車の中で2人がドラマの構想を話し合ったことで「シャーロック」が生まれたというエピソードは有名ですが、その「ドクター・フー」がどうやって始まったのか? ということまでは知らない人が多いと思います。

「ドクター・フー」は放送を開始した1963年から、途中中断した時期はあるものの、今なお新シリーズが作られています。
その50周年にあたる2013年に、この「シャーロック」の2人が製作総指揮となり、ドクター・フーの誕生を描くドラマを作り出しました。
それが“An Adventure in Space and Time”(以下AAiSaT)です。

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「ドクター・フー」は主人公の宇宙人・ドクターがその肉体を”再生”させることで、役者を変えながら続いているドラマです。
AAiSaTは初代ドクターを演じたウィリアム・ハートネルや、女性として当時としては異例の抜擢を受けた初代プロデューサー、ヴェリティー・ランバートのエピソードにスポットを当てています。

もともと、この企画はマーク・ゲイティスが番組の40周年のために温めていた企画でしたが、当時は予算もスケジュールの割当も出来ず、企画は却下された経緯がありました。10年後の50周年という大きな節目に、ようやくこの企画が実現することとなったのです。

「ドクター・フーの物語は、すなわちテレビの物語。
 50周年は、宇宙船ターディスがどうやって発進したか遡って見に行くという
 最も重大な旅をするにはふさわしい年だ」
(スティーブン・モファット談)

ただ、マーク・ゲイティスが脚本を練って行くにあたり、製作に携わった人々とその逸話があまりに多いため、全ての人物を取り上げきれないという問題がありました。

「これはドキュメンタリーではなくドラマだから少数のキャラに集中しなければならない。
 登場しない人物がいることに反対意見もあるだろうね」(マーク・ゲイティス談)

これは幼い頃からドクター・フーを愛し続ける筋金入りのファン、つまり”フーヴィアン”としての、マーク自身の心を痛めつけることになりました。
しかし、彼はその細部への愛情をかなぐり捨てて、ドクター・フーを知らない視聴者でも楽しめるドラマ作りを目指したそうです。
(例えば、”フーヴィアン”にはよく知られている最初期のスクリプト・エディターだったデヴィッド・ウィテカーのキャラクターは、プロデューサー補のマーヴィン・ペンフィールドに吸収され、脚本家のテリー・ネイションと、デザイナーのレイ・キューシックの関係を通して描くはずだった、ドクターの敵=ダーレクの誕生についても削られることになりました。)

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「”An Adventure in Space and Time”は
 「ドクター・フー」への私からのラブレターですが、
 私の望みは、この番組が称えられ、誰にでも興味を持ってもらえるような
 人間ドラマを作ることでした」(マーク・ゲイティス談)

そうしてダイヤから輝きを削りだすように生まれたAAiSaTは、「ハリー・ポッター」シリーズ、「ブロードチャーチ」等で知られるデヴィッド・ブラッドリーを初代ドクター、ドラマ”Call the Midwife”のジェシカ・レインを初代プロデューサー役に迎え、ドクター・フー50周年記念番組の一つとして放送されたのです。

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1963年、ロンドン。
BBCの製作アシスタントとして働くヴェリティー・ランバートはテレビ業界から出て行くべきか迷っていました。
自分自身に一年の猶予を設けて将来を考え直そうとしていたそんな時、ドラマ部門の上司、シドニー・ニューマンから新しい子供向けSFドラマの製作者に指名されます。

アシスタントではなく、プロデューサーとしてテレビジョンセンターに出勤したヴェリティー。
お守り役の先輩プロデューサーを付けられ、意見に聞く耳をもたれない状況に苛つきますが、番組を担当することになった、同じように局内で肩身の狭い思いをしているインド系の若手監督ウォリス・フセインと意気投合します。

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そして、ヴェリティーとウォリスは主役のドクター役にオファーした俳優、ウィリアム(ビル)・ハートネルと面会することに。
ヴェリティーの説明するドクターの役のイメージは
“「ナルニア国物語」のC・S・ルイスと「タイムマシン」のH・G・ウェルズがサンタクロースと出会う”
ポリスボックス型の船に乗って宇宙を旅するという宇宙人=ドクターは舞台役者として活躍した後、厳格な軍人の役が多かったビルにとって、今まで演じたことのない類のキャラクターでした。
ヴェリティーたちはビルに番組がいかにBBCに期待をされているかをアピールしますが、実は、番組は狭いスタジオをあてがわれ、脚本は未だ進行中、宇宙船であるターディスの内部も未完成の状態でした。

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出演を決めたものの、ターディスの内装が一向に出来上がらないことに不満を抱くビル。彼の過去作や演技力を誉めることでなんとか機嫌を取ったシドニーは、出演者やスケジュールを思うように扱えない新米ヴェリティーに対して、
「プロデューサーになれ!」
と叱咤します。鼓舞されたヴェリティーは、早速デザイナーの元へ行き、ようやくターディスの内装のアイデアを得ることに成功するのでした。

撮影中、セットの扉が勝手に開いたり、スタジオ内でスプリンクラーが回ったり四苦八苦しながら作り直しを経てやっと完成させた第一話。
その初回放送の日、運悪く、ケネディ暗殺事件が発生します。
視聴者はドラマではなくニュースに釘付け。影響を受けた「ドクター・フー」の視聴率は低迷し、番組は存続の危機に立たされます。

その一方、ドクターの脅威となる敵キャラ、ダーレクが登場するエピソードの脚本が完成。シドニーや上層部は”虫眼のモンスター”の採用に反対するのですが…

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前半はヴェリティーのプロデューサーとしての奮闘に焦点が当てられ、後半はドクターとして視聴者の人気を得るようになったビルの、役者としての苦悩を映し出します。
酒と煙草を愛しながら年を重ねたビルは、老齢と病の影響で台詞を覚えることもままならない状態になっていました。
それでも、ドクターのいない「ドクター・フー」はありえないと、ヴェリティーやウォリスが番組を去った後も、ドクターとして出演を続けようとするのです…

冒頭、世界初の女性飛行士ワレンチナ・テレシコワがボストーク6号で宇宙へ旅立ったニュースをヴェリティーがテレビに駆け寄って見る様子と同時に、月が上ったBBCテレビジョンセンターが写しだされるシーンがあります。
宇宙への憧れ、女性の社会進出…
時代の変革の中で、「ドクター・フー」が今までにない新しい番組として生まれたことが、このドラマの中から感じ取れるようになっているのです。

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数多くの番組を生み出し、現在は売却されお役御免となったテレビジョンセンターや、マルコーニ社の撮影用カメラを始めとした、この作品のために当時とそっくりに用意された撮影スタジオ等、60年代のノスタルジックな風景やテレビ局の内側を楽しめるのもこの番組の見所です。

「素晴らしい複製ターディスの中に初めて足を踏み入れると、
 (驚愕で)僕は口の中にマフラーを詰め込まなければならなかった。
 とても興奮したよ!」(マーク・ゲイティス談)

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再現されたセットの出来映えはマークだけではなく、現場を訪問した当時の出演者も50年前に戻ったと錯覚してしまいそうな程の完成度だったそうです。
現場を訪問した出演者は、ドラマの中にも端役として登場しています。
例えば、当時ドクターの孫娘スーザンを演じたCarole Ann Fordは、ダーレクの放送日に子供を呼びに出る母親の役。
スーザンの通う学校、Coal Hill Schoolの科学教師でドクターのコンパニオン(旅の同行者)となるイアンを演じたWilliam Russellは、BBCの駐車係として登場しています。
(Coal Hill Schoolは最新シリーズ7〜8に登場するドクターのコンパニオン、クララが教師をしている学校でもあります。)

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ちなみに、ドクター・フーの過去の出演者とは異なりますが、マークとはコメディ・チーム「リーグ・オブ・ジェントルマン」の仲間であるリース・シェアスミスが、ビルからドクターを引き継ぐことになる2代目ドクター=Patrick Troughtonに扮しています。
リースはマークのような”フーヴィアン”ではありませんが、彼が脚本を担当したドクター・フーのスピンオフ作品にも出演しています。
マークは以前から彼を2代目ドクターとしてこの企画に出演させようと考えていたそうです。

さらに、マークの実生活のパートナーであるイアン・ハラードも、ダーレク登場回の監督Richard Martinの役で出演しています。

そしてAAiSaTの終盤、重要なカメオ出演者が登場するのですが、
ここでは敢えて触れません!
この物語の中で最も美しく、最も感動的なシーンになっているので、是非本編でご覧頂きたいです。

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「AAiSaTは愛から生まれました。
 一コマ一コマにそれが現れていることを願います」(マーク・ゲイティス談)

番組を作り出したスタッフとビルの熱意、そしてドクターの再生…
感動の涙を誘うだけでなく、現在も続いている「ドクター・フー」の未来をも感じさせるこの作品は、2013年11月22日にBBC TWOで放送後、
放送映画批評家協会賞英国アカデミー技術賞(衣装デザイン、編集、メイク)英国アカデミー賞シングル・ドラマ部門ヒューゴ賞国際エミー賞Broadcast Awards等にノミネートされました。

マークの望んだように、AAiSaTは”フーヴィアン”のみならず、ドクター・フーを詳しく知らない視聴者からも愛される作品となっています。
この記事を読まれて、まだ見たことがないという方にとっても、
いつか大切な作品になればいいなと、AAiSaTを愛する私も願うばかりです。

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■ソフト情報■(2014年12月現在)
“AAiSaT”は日本盤は発売されていませんがAmazon.co.jpで輸入版が購入可能です。
DVD(米国盤?リージョン1)
ブルーレイ(米国盤・リージョンA)
Amazon.co.ukからは以下から。
DVD(英国盤・リージョン2)
50周年記念コレクターズ・エディション DVD BOX(英国盤・リージョン2)
50周年記念コレクターズ・エディション ブルーレイBOX(英国盤・リージョンB/2)
(英国盤のブルーレイはBOXのみの取り扱いとなっています。)

【注意】リージョンについて
・DVDの場合、日本のプレイヤーで視聴可能なソフトはリージョン2、映像方式はNTSCです。
 米国盤はリージョン1のため再生不可、英国盤はリージョン2ですが映像方式がPALのため再生不可。
 ですが、米国盤・英国盤ともにPCでの再生は可能なはずです。
・ブルーレイの場合、日本のプレイヤーで視聴可能なソフトはリージョンA。
 米国盤はリージョンAのため再生可能、英国盤はリージョンBのため再生不可。
■参考資料■
EXCLUSIVE: Mark Gatiss interview – Blogtor Who(Jul 6)
An Adventure in Space and Time: on-set exclusive with the director and producer(Nov 12)
Mark Gatiss on ‘An Adventure in Space and Time’: “It’s born of love” – Digital Spy(Nov 13)
Mark Gatiss: An Adventure in Space and Time is my love letter to Doctor Who(Nov 21)

※この記事は拙ブログ「ドクター・フーの誕生物語 “An Adventure in Space and Time”」を転載、Tumblr用に編集したものです。

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